哲学カフェ

第19回 竹林茶話会 テーマ「映画はお好き?」

〜ラブミーテンダー〜

十代の後半、
彼女と映画デートに出掛けた。

流行りのロードショーではらしくないと、
パルムドールを獲得したリンチの新作を観た。

彼女は監督や作品を知らなかったので、
リンチをはじめ、僕は僕の知りうる言葉で意気揚々と話した。
彼女はそれをただ黙って聞いていてくれた。

日曜の午後、十代の恋人。
来月、僕等は二十歳になる。

いざ映画の幕が開くと、
それは激しいセックスと暴力に塗れた男女の逃避行、
男尊女卑、汚い言葉だらけのロードムービー。

館内が徐々に明るくなり始めた頃、
強烈に苦いものが僕の口の中に溢れて出てきた。
僕は楽しめたが、果たして彼女はどうだったのか。

パルムドールやリンチという記号、趣味か悪趣味か。
自分の映画に対するこだわりを彼女に共有してほしい、
いやそれは違う、
それを表明している自分にただ酔っているのだけでは。

僕は二人で過ごすこの至福の時間に、
とんでもなく違った選択をしてしまったのかもしれない。
どうしようもない気分で落ち込んだ僕は、
その場でとっくに死んでしまいたかった。

何よりも僕の心を支配したのは、
映画に描かれていた過激でドロドロした真っ黒いもので、
敬愛する彼女の魂や存在を無作法に汚してしまったのだ。
という救いようのない愛情だった。

一先ず緊急避難で洒落たカフェに入った。
僕は相変わらず落ち着かないままで、
もはや彼女の言葉をただ待つしかなかった。

彼女は注文したロイヤルミルクティーを
スプーンで二回まわし、とても美しい動作で
口元に運びながら、静かに僕に話し始めた。

『顔色が良くないけど大丈夫?
具合が良くないなら、そんなに無理はしないでね。
映画は色々難しいところはあったけど、とても楽しかったわ。
あなたと一緒に久しぶりの映画、あなたが選んでくれた映画。
中学で会って、十六歳から付き合って来月で二十歳。
私、もうそれくらいの事は分かってるつもりよ』

そう言って、
綺麗に折りたたまれた白いガーゼのハンカチで、
僕の口元についたシナモンコーヒーを拭ってくれた。

シナモンとコーヒーとガーゼの中の彼女の香り、
僕は膝から崩れ落ちそうになった。

その時、僕の頭の中では、
ラブミーテンダーが大音量で鳴っていた。

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