『シネマに酔狂』バーテンダーが語る映画とお酒 #57「ノルウェーの森」
『シネマに酔狂』
バーテンダーが語る映画とお酒 #57『ノルウェイの森』
〜映画を彩る名脇役たち〜
Bambooキネマ倶楽部の作品に合わせてご紹介した、
映画とお酒にまつわるコラムです。
第57回作品『ノルウェイの森』2010年日本
村上春樹原作でベストセラー小説の映画化。
舞台は主に1960年代後半〜の学生運動が吹き荒れた頃、
洋酒はまだまだ高値の花と言った時代だが、
著作「もしぼくらのことばがウィスキーであったなら」
など、酒にも当然に造詣が深い作者という事もあって、
幾つか酒が登場するカットを物語にブレンドする。
ご紹介するバーのシーンでは原作者の村上春樹自身が、
バーテンダーとしてカメオ出演している。
そこで、今回も私の独断と偏見でお酒を紹介します。
『バランタイン・ファイネスト』(スコッチウィスキー)
主人公ワタナベと永沢が学生寮のサロンで一杯引っ掛け、
永沢に促されるままガールハントへと街に出掛けて行く。
その時、テーブルに置かれているのが薄く平べったい
特徴的なボトル「バランタイン・フェイネスト」
その後も学生寮のバルコニーの様な場所でハツミの話に
なるシーンなど、何度か画面に登場している。
さて、この時代のスコッチと言えば今でいう数万円以上、
初任給が5万円の時代にジョニ黒が一万円近くした頃も…
故にとてもじゃないが大学生が飲める様な代物ではない。
では、何故高価なスコッチウィスキーが配置されたのか。。
それは考えるに永沢のバックグランドを表しているだろう。
2年上の永沢の学籍は東京大学、親が名古屋で病院を経営、
後に外務省へ入省する毛並みの優れた有閑なる遊び人。
彼が寮内に持ち込んだのだろうと容易に想像できる。
そのころの舶来酒は為替や国産酒の保護関税などにより、
上記の通り高額であった為、贈答品として重宝した時代。
香港やシンガポールの免税店で土産品として大人気で、
政治家や一般企業の上役、立場のある職業の人々は、
御中元、お歳暮、土産その他、多方面より贈答品として
貰い受ける機会が多く、それらを誇らしげにリビングの
サイドボードに並べて客人らに自慢し振舞っていた。
当然、親が医者である永沢の実家もそうであったろう、
たった一本の洋酒にそれら全てが表現されている。
「バランタイン・フェイネスト」はどこまでも豊かで
なめらかな風味を求めて40種類におよぶモルト原酒を
ブレンドしたベストセラーウィスキー。
作中のボトルは現行品ではなく、当時の流通品に近い
デザインのボトルがしっかりと用意されている。
このあたりも村上春樹のこだわりの一端か。
原作ではシーバス・リーガルなのだが、本作にて何故
バランタイン・ファイネストに変更となったかは謎。。
『トム・コリンズ』(カクテル)
中盤、ワタナベと緑がバーで待ち合わせをするシーン。
既に緑は何やらトールグラスのカクテルを飲んでいる。
後から来店したワタナベは「ウィスキーソーダ」を注文、
緑に「何飲んでるの」と尋ねると、緑は「トム・コリンズ」
と応える、当然の事「トム・コリンズ」をご紹介。
上記の通り、バーテンダー役は村上春樹ご本人で、
配役を断りそうなものだが、酒好き故に惹かれたか。。
直後に「今、私が何を考えているか分かる?」
という緑特有の悪戯なアプローチが急発動し、バーと
いうパブリックの中で困惑するワタナベに緑は苛立ち、
不機嫌に店を後にする印象的なシーン。
ここにも「トム・コリンズ」という記号を見い出す。
先ず、他のロングカクテルに比べて1.5倍ほど強い、
また当時ジンフィズやジンライムなどは一般的だが、
(無論バーやカフェ、ラウンジに通う人の限りに)
敢えて「トム・コリンズ」という酒のチョイス。
これは緑が酒に強く、あの年頃の女学生にしては
かなりバー慣れをし、相当夜遊びをしてきただろう事、
「トム・コリンズ」がそれを物語っている。
バーでの緑の振る舞いや仕草は実に堂に入っており、
一方でワタナベのはどこか落ち着気が無い様な、
それ程バーに慣れていない感じと対比されている。
「トム・コリンズ」は「リマーズ・コーナー」の
バーテンダー「ジョン・コリンズ」がオランダジンを
用いて作った同名のカクテルが元祖と言われている。
派生してベースの酒が変わると〜コリンズと呼ばれ、
フィズ等に比べて原酒60mlとやや強めの仕上がり、
また、通常のロンググラスより背の高く細長いグラスを、
「コリンズ・グラス」と呼びます。
(ゾンビグラス、チムニーグラスの名もそれは別途)
マラスキーノ・チェリーを添える事が多く、緑の
「トム・コリンズ」でも赤いチェリーが光っています。
オリジナルは現在主流のロンドンドライジンではなく、
古いスタイルの「オールド・トム・ジン」を使用し、
それが、このカクテルの名前の由来になっています。
ドライジンに比べ度数がやや低く僅かな甘味とモルト感。
黒猫(Old Tom Cat」)の木製看板に由来すると言われ、
お金を入れると酒が出でくる自販式の様な売り方で、
黒猫の看板はそのシンボルマークとなりました。
中々見かけることの少ない「オールド・トム・ジン」
各銘柄のラベルには様々な黒猫が描かれています。
是非オリジナルの「トム・コリンズ」を堪能あれ。。