『シネマに酔狂』バーテンダーが語る映画とお酒 #12「裏窓」
『シネマに酔狂』
バーテンダーが語る映画とお酒 #12「裏窓」
〜映画を彩る名脇役たち〜
Bambooキネマ倶楽部の作品に合わせてご紹介した、
映画とお酒にまつわるコラムです。
第12回作品『裏窓』1954年米国
ヒッチコックが技巧の極みを尽くした傑作サスペンス。
骨折し身動きの取れない主人公にとって、退屈しのぎの楽しみは
窓から見える中庭と向いのアパートの住人たちを眺める事。
勿論、お酒も主人公の楽しみの一つとして登場しています。
衣装や音楽、映画の細部に偏屈的までにこだわった
ヒッチコックらしく、アパートの群像劇の至る所に、
銘柄は不明ですがシーン沿ったお酒が仕立ててあります。
そこで今回も私の独断と偏見でお酒を紹介します。
『クロ デュ シャトー ド・ピュリニー・モンラッシェ 2012』(ブルゴーニュ白ワイン)
フランスの作家アレクサンドル・デュマは
「膝まづき、脱帽して飲むべし」
と称賛した白ワインの最高峰モンラッシェ。
作品冒頭、上流のお嬢様リサ(グレース・ケリー)が
ニューヨークの一流ホテル「21」から海老のテルミドールと
一緒に出前させるのがこのモンラッシェ。
氷が入ったワインクーラーごとウェイターが届けています。
オーブンで料理を温めてる間、
二人は食前酒を兼ねてモンラッシェを飲み始めます。
よく冷えたモンラッシェをアペリティフとして据えるのは、
この時代ではかなり洒落ていて先進的。
優雅でリッチな演出ならシャンパンで十分でしょう、が、
単に「上流」を意味するシャンパンから一歩踏み込んで、
ファッション業界やフランスに日常的に精通している事を、
たった一発で表現できるモンラッシェ。
というところにヒッチコックのただならぬ感性が光り、
こういう表現手法は以後の映画の手本となっています。
ここで登場するモンラッシェは最高のグランクリュ、
DRCロマネコンティ・モンラッシェで世界で最も高価な白ワインの一つ。
生産数は年間3000本あまり、これはロマネコンティの三分の一の量で希少性も高く、
時代を問わずワイン通にとっては垂涎の的です。
それを冷やして食前酒とするのですから。。
DRCなんて高嶺の花、モンラッシェの気分だけでも。
という事でカジュアルなクロ デュ シャトー ド・ピュリニー・モンラッシェを用意。
モンラッシェは「世界崩壊の序曲」「透明人間」
その他セリフなども含めて他の映画の中に登場しています。
『クルボアジェ・プルミエ』(コニャック)
ヒッチコックの映画には多くのお酒が登場しますが、
とりわけ夜の部屋やリビングなどで良くブランデーが出てきます。
ナイトキャップとして、夜の語らい場で、心を落ち着かせたり、
今日あった出来事に思慮をめぐらせたり、
夜の訪問者のウェルカムドリンクだったり。
ウィスキーが日常であるならば、ブランデーはまた違った意味付けとして
シーンに置かれてるお酒でしょう。
この「裏窓」でも勿論、それは夜。
ブランデーを温めているのよ、と奥のキッチンから
特大のチューリップグラスを手で回しながらリサが出てくる。
ジェフと友人の刑事にグラスを渡し、三人が同じようにクルクルと
グラスを回し始め、殺人事件についてあれこれと言い合う。
三人が実に統一されたリズミカルで楽しい動きであるのと対比して、
推理の方は全くかみ合わず殺人とうコミカルではない話、
そんなとても印象的なシーン。
あんなにブランデーを攪拌すれば、さぞかし部屋の中は
芳醇な香りに満ちていただろう。
それはいったい、どんなブランデーだったのか。
銘柄は不明なので今回はコニャック、クルボアジェ・プルミエを選んでみました。
「ル・コニャック・ド・ナポレオン」ナポレオンのコニャックと呼ばれ、
フランス皇帝ナポレオンにも愛されていたことから、
ナポレオンの呼称を初めて冠したコニャックであります。
セントヘレナ島に流刑になった際も愛飲していたほど。
しかし、この裏窓には、リサには、VSOPクラスでは足りない、
そんな世界感も含めてプレステージ版のプルミエを。
クルボアジェはコニャックの等級付けを行ったり、
エッフェル塔の完成式パーティーでの正規コニャックと名門。
邦画『鍵』の中で印象的に使われています。
<追記>
銀座で働いていた若い頃、その日の営業が終わる頃になると、
それぞれの店で夜の連絡や報告を行う儀式がありました。
(バーやクラブを含めて7店舗の系列店、業務連絡でもありながら、
その後どこに流れるかなど、他店の親しい者まで含めて相談したりという)
そこでその日に高額のワインやブランデーが入った、また空いた、
そんな話がにわかに行き交うのです。
コニャックの最高級品はデキャンターがバカラ製などで、
空き瓶を売るといい小遣いになったり、
で今回の空き瓶は誰が持ち帰るかなんて話に。
勿論空き瓶に残ったわずかな数滴を舐めて覚えたもの。
ある日、DRCモンラッシェがあると同僚から連絡が。
とある上品な御仁がモンラッシェを注文し、一席でほぼ飲んだ後に
『これは若い皆さんの為に』と、
ハーフグラス程度のワインをその場に残して席を立ったのだと。なんと。
閉店後にそれをほんの少量ずつ分けて、呼び合った仲間で味わう、
というような銀座8丁目の奇跡が稀にあった。
シャンベルタンなどの赤ワインの時も、シャンパンなども
席に直接関係のない黒服やバーテンダーにまで行き渡らせるのが
当たり前のマナーだと思っている御仁もいた。
きっと時代も良かったのだろう、
そんな粋な御仁、今よりまだいたものかな。
今夜は、妻の為に一杯分だけ残したモンラッシェを、
家に持って届けました。
明け方の冷え込みでワインは更に良く冷えていた。