映画とお酒

『シネマに酔狂』バーテンダーが語る映画とお酒 #9「ブレードランナー」

『シネマに酔狂』

バーテンダーが語る映画とお酒 #9「ブレードランナー」

〜映画を彩る名脇役たち〜

Bambooキネマ倶楽部の作品に合わせてご紹介した、
映画とお酒にまつわるコラムです。

第9回作品『ブレードランナー』1982年米国

汚染され荒廃した近未来。野生動物が死滅したって、
そこに酒ありき。先ず、酒のある未来世界に乾杯!
警察署やデッカードの部屋、タフィーのBAR、売店、
多くのシーンで登場し、この映画の独特の雰囲気に彩りを
添えています。人種、異文化の入り乱れたカオス社会、
レプリカントを追う特捜班、タフに生きる為には何より
酒が必要なのだろう、2019年も今も。
今回も私の独断と偏見でお酒を紹介します。

『ジョニーウォーカー・ブラックラベル12年』(ブレンデッドスコッチ)

映画の序盤、ブライアンから半ば強制的にレプリカント処理を
任される警察署のシーンや、デッカードのアパートメントでの
幾つかのシーンに登場する琥珀色のウィスキー、ジョニ黒。

スクエアーな未来的造形のボトルデザインにアレンジされ、
デッカードの部屋や装飾品に調和し、かつ存在感を表しています。
(部屋はフランク・ロイド・ライトのエニス邸、警察署はユニオン駅、
そういう本物の重厚感をベースにして近未来のデザイン設計が施されているからこそ)

近未来のロスアンジェルスでスコッチウィスキー?!
バーボンの方がより自然では、とも思いますが、
頻繁に登場し、ラベルのクローズアップなどもあるので、
ジョニーウォーカーが何らかの形で映画に出資していると
思われます。リドリー・スコットがイギリス人であるのも、
関係しているかもしれません。

一仕事を終え、部屋でスコッチのストレートを飲む。
写真の分析をしながらも、ロマンスの最中も。
フィルムノワールな雰囲気や近未来である事を踏まえると、
バーボンよりスコッチの方がよりシャープな印象を受けます。

また特徴的な大ぶりのカットのグラスは、イタリアのメーカー
『アルノルフォ・ディ・カンビオ』製のクリスタル。
これは今でも手に入れる事が可能。

ジョニー黒はバランスのとれた12年熟成のフラッグシップ、
世界で最も売れているスコッチ銘柄の一つです。

新作の公開に合わせて『ジョニー・ウォーカー・ブラック・ラベル・
ザ・ディレクターズ・カット』がイギリスで発売され、
2000本限定のウイスキーは80ポンド。
瞬間的に完売し、手に入ればお宝必死。
新作の中でもこのウィスキーが登場するようです。

『スミノフ・ブラック』(プレミアムウォッカ)

大量の放射性物質まで運搬出来るのですね、
怪力のレプリカント『リオン』
味方を殺されプンプンでデッカードの前に立ちはだかる。
当然ボコボコにされたところをレイチェルに救われて…

満身創痍で妖しいリカースタンドへ向かい、アジア系の
オバちゃんにいつものアレと『チンタオ』を注文。

『チンタオ』といえば『青島』
有名な中国のビール銘柄ですが、
近未来ではどうやら違う『チンタオ』のようです。

その後部屋に戻って、キッチンで鼻血や口の出血を洗い流し、
『チンタオ』を口に含むと赤い血がグラスにスッと薄く染み出す…
とても美しいシーン。
切れた傷口の消毒液代わり、そして無色透明の液体、
ウォッカのような強い度数の酒と想像がつきます。

そして、どこかオリエンタルな特徴のあるデザインのボトル、
これは当時流通していた『Smirnoff de Czer』
スミノフウォッカの最高級品スミノフ・ドゥ・ツアーの
ボトルを『チンタオ』として転用しています。

そういった事柄を全て考慮し『スミノフ・ブラック』を。

現行のスミノフウォッカの中のプレミアムレーベル。
まろやかで円熟味のあるテイストが特徴、
今や大量生産のウォッカなどと比較すると何ですが、
本来でいう真のウォッカ、というものの味はこちらなのですから。

では『チンタオ』というウォッカは無かったのか?!
調べたところ、戦前か戦後ほどに中国の青島公社から、
『チンタオ』というウォッカが本当に発売された事がありました。
しかし古い資料や宣伝広告に残るのみで、
かえって映画とは関係がないと思われます。

<追記>

『Smirnoff de Czer』は当時、限定生産品で数年しか販売されず、
今やお目にかかる事は先ずありません。
稀にオークションなどで凄い高額で取引され、
この映画の影響もあって空き瓶でも数万円の価値があります。
幸運な事に私が働き始めた頃はまだ見かける事があり、
何度か味わったのを覚えています。

よく『昔の酒は旨かった、あれの味は変わってしまった』
とBARでは語られたりもします。
残念な事に時代とともに変化をするもの、しないものがあり、
酒を造る環境の変化、良い原材料の調達、人の手の関わり方、
少量生産から大量生産、時代のニーズなど要因は様々です。

私が働き始めた25年前、
その店のバックカウンターに並んでいたお酒の殆どは、
今やビンテージ品で高額になっています。
その環境でお酒に携われた事自体が幸運な経験でした。
やはりその時代であっても、
10年、20年前に流通した酒を追いかけていたものです。

しかし忘れてならないのは、
当時その全てのお酒が普通に手に入る現行品であった事。
今、私のBARを彩る全てのお酒は、
やがてはどれも貴重なビンテージ品となってゆくのです。

昔は昔で良かった、それも分かる。

今、目の前にある言わば普通であるもの、
普通であると見えるものを愛する事、
それを怠ってはただ過去だけに身を置く人。

だって、私たちはこの『今』を生きているのですから。

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