『シネマに酔狂』バーテンダーが語る映画とお酒 #39「細雪」
『シネマに酔狂』
バーテンダーが語る映画とお酒 #39「細雪」
〜映画を彩る名脇役たち〜
Bambooキネマ倶楽部の作品に合わせてご紹介した、
映画とお酒にまつわるコラムです。
第39回作品『細雪』1983年日本
谷崎潤一郎の同名小説を市川崑監督が映画化したドラマ。
ある旧家の四姉妹それぞれの一年間の物語を、
三女の縁談話を中心に、四季折々の風物を織り交ぜて描く。
作中では、見合いをはじめ華やかな宴席のシーンが多く、
ビールやワイン、四女妙子は目当てのバーでウィスキー、
次女の幸子は募るイラつきを夜半のブランデーで修めて。。
昭和13年ならばかなりの上流である事を酒で表現している。
そこで、今回も私の独断と偏見でお酒を紹介します。
『白雪』(日本酒)
谷崎潤一郎の描く日ノ本の伝統的な美しさ、春に咲く
桜の絢爛から始まり、雪の舞う冬にかけての春夏秋冬、
そのどの場面でもやはり酒といえば日本酒だろう。
作品のオープニングロールで配役紹介などの後に、
共催会社で「白雪」と出ているので、今で言う、
プロダクトプレイスメント(作中広告)になります。
幾つかの酒の場面は勿論、昭和初期の古い街並みの中、
電柱看板や人物の背景の街看板などに「白雪」と
さり気なく映し出されています。
特に印象的なのはラストの石坂浩二扮する貞之助のシーン。
窓外の雪舞う中での、ほろほろと頬を伝う貞之助の涙は
一体何を表わすのか。雪はや雪子を象徴するのだろうが。。
料亭の女中 酒だけやと毒でっせ。
貞之助 煽りたい気や。
女中 滅相なこと言わはって・・・。
貞之助 あれが嫁に行くんや・・・。
女中 お嬢さんなんてあらしませんな、旦那、まだ若いし・・・。
吉永小百合演ずる三女雪子との関係を意味深に語っており、
これがまた物語に奥行きを与え、不思議な余韻を残す。
嫁ぐ事となってしまった僕だけの小さなお嫁さん。。
ここでの煽り酒も当然「白雪」
情景や貞之助の心情からしてこの上ない銘柄であろう。
居酒屋の奥には大きな木樽の白雪が幾つも積まれている。
「白雪」は創業1550年と古い伝統銘柄で、日本酒造りに
最も合う宮水で仕込まれて、のど越し柔らかな酒。
蔵元は兵庫県伊丹市とあって、この物語の中心である
芦屋や大阪船場との関連性も至って自然な事で。。
『オールド・パー』(ブレンデッド・スコッチ)
本作の話の主軸は雪子の縁談、そして四女妙子の破天荒な
生き方に上の姉二人が巻き込まれる話を縫うようにして、
戦前当時の芦屋の上流での人々の生活の様子が描かれている。
吉永小百合の演じる雪子という女性は口数も少なく表情の
変化も乏しいので掴みどころが難しいのだが、
引っ込み思案なのに言い出すと聞かない隠れた芯の強さ、
そして楚々たる優しさのある姉妹一の美しい女性。
雪子には何度もお見合いの話が来るがいつもうまくいかない。
トラブルが起こったり、雪子の方で拒否したりする。
雪子の見合いはズルズルと先延ばしとなって。。
ある日の事、見合いの相手は子爵の庶子の東谷という男性。
江本孟紀が演じる放蕩の限りを尽くした趣味人は、彼の
別荘への招待の場面ででキャビネットからおもむろに
ウィスキーのオールド・パーを出し一族と団欒する。
この時代、普通にこの酒を所蔵し嗜んでいるという事実が、
東谷の名や体、背景をそれだけで覿面に表現している。
1970年代位まで高価であったスコッチウィスキー、
この時代には一体どれほどの価値があっただろうか。。
152歳9ヵ月の長寿を全うし、英国史上最長寿といわれた
伝説の人物「トーマス・パー」ラベルの絵はルーベンスの
肖像を元にしている。
クラガンモアなどをキーモルトとしたブレンデッドは、
1873年、岩倉具視の欧米使節団が持ち帰ったウイスキー
として知られ、明治天皇に献上された。明治以来の要人、
吉田茂、田中角栄など著名人の愛飲者も数多い。
物語で語られる古きと新しき、オールド・パーは時代を
越えて今も飲まれているところがまた繋がっていく。。
話は戻って、意味深なのは、
雪子が辰雄や貞之助にまで特別な目で見られていることに
恐らくは気づいていながら、涼しい顔をしているところだ。
それが主な原因で鶴子も幸子も雪子に早く嫁に行って欲しい
と願っていて。。
雪子に(多分)悪気がないだけに余計悩ましい。。
そんな余韻を残しつつ、先の運命を暗示してそっと終わる。
はっきり結論を出すわけではない日本的な感性が入り
込んでいる。
絵巻物のように生活を広げておいて、その両端は淡く
ぼかして自然の中にそっと溶け込ませる。。。