『シネマに酔狂』バーテンダーが語る映画とお酒 #53「異人たちとの夏」
『シネマに酔狂』
バーテンダーが語る映画とお酒 #53『異人たちとの夏』
〜映画を彩る名脇役たち〜
Bambooキネマ倶楽部の作品に合わせてご紹介した、
映画とお酒にまつわるコラムです。
第53回作品『異人たちとの夏』1988年日本
渇いた現代人の生活に、そっと忍び込んでくる孤独と幻想。
落語の人情噺の様な不思議な時間と非現実な空間。
第一回山本周五郎賞を受賞した山田太一の小説を、
市川森一の脚色で大林宣彦が演出した異色作。
異人である父母とのひと時のふれあいと、
奇妙な出会いをした恋人との不思議な愛の幻想を描く。。
そこで、今回も私の独断と偏見でお酒を紹介します。
『サッポロ・黒ラベル・大瓶』(ビール)
一夏の話である本作は特にビールを飲むシーンが多い。
冒頭では当時発売直後のスーパードライ缶が登場、
男二人でカレーライスを食べながらのキリンラガー中瓶、
鶴太郎が亡き父を見紛い驚いている息子に対して、
お酒の自販機で奢ったのはサッポロドラフト500ml缶、
このサッポロドラフト缶はラストの夢の跡となったアパートで、
亡き両親に線香を手向けるシーンで献杯されている。
物語は缶ビールで始まり缶ビールで終わるという循環。
サッポロドラフトは1991年に終売となりますが、
それを瓶生として継承したのがサッポロ黒ラベルです。
作中ではクライマックスである夕焼けに染まった今半別館、
両親と息子の最期の別れはいつか家族で食べたあのすき焼き。
事の顛末などつゆ知らぬ女給との浅草らしいやり取りの後、
西日の中でサッポロ黒ラベルの大瓶が運ばれて来る。
やはり、ここは大瓶であって欲しいもの。
注ぐ、注がれるを繰り返しながらというのが大瓶の世界観、
あの頃の話や想いが語られつつ優しい時は過ぎて行く。。
我が店の常連さんは大瓶を「大人の義務教育」と呼んでいる。
瓶の容量633ml由来だが、上記の通り大人の嗜みでもあろう。
イラスト版のポスターにもサッポロ黒ラベルは描かれていて、
この映画の世界や情感を醸し出しているよう。。
現に今の広告キャッチフレーズも「大人の生」とある。
『カミュ・V.S.O.P.』(コニャック)
現代劇でありながら浅草など昭和のノスタルジーな雰囲気。
舞台は1980年代の後半だが大林監督独特のトリップ感、
ただしお酒に限れば当時の現行品がいくつか登場します。
主人公のキッチンには1980年発売のマリブリキュール、
まだ角ばったデザインではないジャック・ダニエル。
正に当時のシティーボーイ上がりなんて感じの演出だろう。
突然の名取裕子訪問の際の妖艶シャンパン(銘柄不明)
後から考えると身も凍る冥界チーズ占いと焼酎。。
但し、私の目を引いたのは両親の住む浅草の古アパート、
畳にちゃぶ台の居間と懐かしい家具や調度品の中で、
タンスの上に飾られたカミュ・V.S.O.P.であります。
舶来の洋酒が高額で高音の花であった時代。。
私が幼少の頃、居間のサイドボードには父が保管する、
オールド・バーやジョニ黒、コニャックが並んでいた。
設定は1980年代だが、主人公が12歳当時の我家の雰囲気を、
上記の家具や調度品に加え生活様式、料理や会話など、
幻想的な異世界の如く巧妙に復元されている。
作品中でカミュ・V.S.O.P.を飲むシーンはないものの、
そういう意味での存在感は大きい。
カミュは1863年創業以来、5世代にわたって引き継がれた、
150年の歴史ある名門のコニャックメゾンです。
飲まれた事の或る方も多いのではないでしょうか。
今では手頃になりましたが是非有難く賞味して頂きたい、
40年前、日本では5万円程、本国フランスでも1万円は
下らなかったのですから。。